第49回 知の拠点セミナー

「微生物を認識する仕組みと生体防御」

日時平成27年10月16日(金) 17時30分~
場所京都大学東京オフィス
(東京都港区港南2-15-1 品川インターシティA棟27階: アクセスマップ
講演者髙岡 晃教
北海道大学遺伝子病制御研究所 所長・教授)
講演の詳細はこちらでご覧いただけます (Yomiuri Onlineのページを開きます)

 北海道大学に附属する遺伝子病制御研究所(IGM)は,北大の附置研7つの中で唯一生命医科学系の研究を行っている研究所であります。IGMは,歴史的に,2つのルーツを持ちます。1つは,1941年当時のわが国の北方における結核撲滅のため結成された「北方結核研究会」に遡ることができます。その後に北大の結核研究所となり,さらに免疫科学研究所として改組されました。もう1つは,1962年に設置された医学部附属 癌免疫病理研究施設です。これら2つの研究施設が,ちょうど2000年に併合したのが,現在のIGMであります。このような背景から,当研究所では,「感染症/免疫」と「がん」という2つの大きな柱が研究テーマとなっています。構成的には,11に渡る基幹分野に加え,フロンティア研究ユニットに属する2つの研究室,2つの附属施設,1つの寄付研究部門から構成されており,様々な視点から生命現象を追究することで,感染症や免疫疾患,がん等を中心とした各種疾患の病因・病態の分子メカニズムを解明し,疾患制御に応用するための基礎研究を行っています。我々の共通目標は,神秘なる生命の世界を紐解くことであります。その先には,治療や疾患の予防への社会貢献という目標を見据えております。全国共同利用・共同研究拠点としては,当研究所は2010年に感染がんに関する中心的な研究拠点ということで認定を受けています。感染がんとは,細菌やウイルスなどの微生物感染が関与して発生する癌であり,全ての癌の2~3割を占めると推定されています。このような背景のもと,今回のセミナーでは,感染における微生物認識という観点から関連する研究成果を含めて解説しました。
 我々のからだは,ウイルスや細菌による微生物の侵入を受けた場合に,それを排除し,生体を防御する免疫系という仕組みがあります。最近の多くの研究により,この免疫活性化のスイッチをONにするために病原微生物の侵入を感知するシステムが存在し,様々な微生物を感知するセンサー分子が明らかになってきました。本講演では,このような『自然免疫』に焦点を当て,体内に侵入した病原微生物をどのように認識し,免疫系を活性化して,生体防御機能を誘導するのかについて,分子レベルで解説をしました。これに関連して,B型肝炎ウイルス(HBV)に対する自然免疫認識機構についての私どもの最近の研究について触れました。
 B型肝炎ウイルス(HBV)は,現在世界全体で約4億人,国内においては100万人を超える人が持続的に感染しており,ヒト肝細胞に感染し,肝炎のみならず,進行して肝硬変やがん化にも発展する危険性があるため,大変問題になっているウイルスです。しかしその病態は十分には解明されておりませんでした。今回,免疫の最も初期の段階(自然免疫)において,ヒト肝細胞へ侵入・感染したHBVがどのように認識されるか?ということについて研究を進めました。その結果,生体内でHBVの認識(感知)に関わるセンサー分子(RIG- Iという名前のタンパク質)を同定しました。このRIG-Iはこれまで主にRNAウイルスが細胞内に侵入した際に,そのウイルスのRNAを認識する細胞質RNAセンサーとして知られていたのですが,DNAウイルスであるHBVの認識に関与していました。実際には,HBV感染時に転写されるHBV由来の特定のRNAがRIG-Iによって認識されていることがわかりました。さらにこの認識の仕組みについて解析を進めた結果,HBVの複製に必要なウイルスのポリメラーゼという酵素がこのRNAに結合する部分,特にRIG-Iの認識に重要な箇所であることを明らかにしました。この点において,さらに,RIG-IはこのウイルスポリメラーゼとRNAとの結合を阻害することも見出しました。つまり,このRIG-IはHBVの認識という局面のみならず,直接ウイルスの増殖を抑える作用もあり,“dualな機能”をもって感染防御に働くということを発見しました。また,今回の結果に基づいて,このRIG-Iに認識され,かつ,ウイルスポリメラーゼが結合するRNAの領域を用いて,HBV感染に対する治療応用に関する基礎実験を行いました。ヒト肝臓を免疫不全マウスに移植したヒト化マウスモデルを用いた系で,このRNA領域が発現されることでHBVの複製が抑制される結果も得られました。現在,B型肝炎治療の創薬に向けてさらに効率のよい方法を模索しているところです。
 さらに,本講演では,最近私どもの研究所の社会活動の一環として行った幼稚園児に免疫を学んでもらう出張講義について紹介しました。文字も読めない園児らには,劇を導入することで内容の理解を促す構成としました。特に「幼稚園児を対象」として行うことの重要性は,私どもの研究内容を知ってもらうこと以外に,柔軟性が高く,いろいろなことを吸収する能力がより高い幼児に,もうひと周り広い世界をみる機会を提供することにつながることであります。さらには,この免疫のしくみを学ぶことで,日常の手洗いやうがいの意味をより深い形で理解することへつながることが期待されます。さらに,子供たちに顕微鏡を使って私たちの身体の中にいる味方の免疫細胞や,また悪者の病原体を実際に観察してもらうことで,目に見えない『ミクロの世界』があることに気づいてもらい,子供たちの世界をさらに広げることにもつながります。また,通常,多くの出張講義は,講師一人が直接参加という形で終わってしまいますが,今回の劇を導入することにより若手の研究者や学生が多数参加することが可能となり,こういった若手研究者が社会貢献活動を体験する良い機会にもなりました。今後は,よい研究を推進するという局面のみならず,こういった地域とのつながりにおいての教育という局面からも研究所として社会に貢献していきたいと考えています。