第34回 知の拠点セミナー

「超ひも理論のフロンティア:ブラックホールからホログラフィー原理へ」

日時平成26年7月18日(金) 17時30分~
場所京都大学東京オフィス
(東京都港区港南2-15-1 品川インターシティA棟27階: アクセスマップ
講演者髙柳 匡
京都大学 基礎物理学研究所 教授)
講演の詳細はこちらでご覧いただけます (Yomiuri Onlineのページを開きます)

 我々を取り巻く自然界は、電磁気力、弱い力、強い力、そして重力といった4種類の力が働いて機能しております。 さて物理学において、これらの力を2つに大別すると、重力とそれ以外の力に大別できます。 まず、電磁気力など重力以外を説明する理論は、専門用語でゲージ理論とよばれていますが、 直感的にはそれぞれの物質が電荷や磁荷を持ち、静電気力(クーロン力)や磁力などによって相互作用する理論と思って頂いて構いません。 しかし、「重力」については、突き詰めると様々な不思議な現象が起こります。 地球と太陽を引き付ける重力のような比較的小さな力(と言っても人間から見るととても大きいですが)の場合は、 高校の教科書で勉強するようなニュートンの万有引力の法則で説明することができます。 しかしながら、重力がとても大きい場合、例えば太陽の質量を数キロ程度の半径まで圧縮して作られるようなとても高密度の天体では、いわゆる「ブラックホール」という現象が起こります。 このような環境を理論的に解析するには、ニュートンの理論では不十分で、アインシュタインの「一般相対性理論」を用いる必要があります。
 ブラックホールは、非常に重い天体であるので、どんな物体でも極めて強く引き付けます。 光(電磁波)のように軽いものであっても、ブラックホールの強力な重力のために天体の内部から出てくることができません。 外部の観測者はその天体の内部をのぞくことができず、ブラックホール(黒い穴)と呼ばれているのです。 このブラックホールは、重力理論を深く理解する上で、最良の思考実験の実験室を与えてくれます。 不思議なことに一般相対性理論からブラックホールが熱力学の性質を持っていることが導かれます。 つまり、温度やエントロピーやエネルギーなどといった熱力学的量を定義することができます。 ブラックホールは黒いと先ほど書きましたが、実はミクロに量子論を用いて調べると、ブラックホールは光を放射しており「ホーキング輻射」とよばれています。 この事実からブラックホールが温度を持っていることが分かります。 このように考えると、ブラックホールはミクロに見ると、実は物質を加熱した状態と思えるのではないのか?という疑問が生じます。 しかし残念ながら、アインシュタインの一般相対性理論は、そのようなミクロな解析が必要となる問題に関しては、解答を与えてくれません。
 そこで、重力をミクロに記述する理論(量子論)である「超弦理論」が登場します。 この理論は、物質の最小単位は粒子ではなく、輪ゴムのように広がったひも(弦)であるというアイデアに基づいた理論で、今では世界中で最もポピュラーな量子重力理論です。 さて、この超弦理論を用いると、実はブラックホールはミクロな粒子の多数の集まりであることが分かります。 このミクロな粒子の間に働く力は、重力ではなく、電磁気力のようなものです。 このように超弦理論は、重力理論の顕微鏡のような働きをするのですが、この事実をさらに発展させるとホログラフィー原理に到達します。 この考え方は、重力の理論というのは、ある意味人間の幻想のようなもので、 重力を含まない理論(電磁気学を拡張したようなもの)として全く等価に表すことができるであろうという大変大胆なものです。 しかしながら、この考え方は、具体的な例で様々なテストをパスしており、ここ10年の超弦理論の進展において最も強力な指導原理となっております。 ホログラフィー原理は、「そもそも重力とは何なのか?どこから生まれた力なのか?」という根源的な問いに関して、我々の理解を大きく深め、 現在も様々な驚くべき発展が世界中で行われている最中です。 またホログラフィー原理を用いると、とても解析が複雑な量子系(例えば相互作用の強い超伝導体や異常な金属など)を、比較的な簡単な一般相対性理論の計算で解析できる長所もあります。
 私どもは最近の研究で、このホログラフィー原理が、 「量子エンタングルメント(量子絡み合い)」という量子論の最も基本的で特徴的な性質と本質的に深くかかり合っていることを見出しました。 我々の周りの物質を細かく分けてゆくと、原子や原子核、そしてさらに電子やクォークと言った最小単位(素粒子と呼びます)に分解できることは良く知られています。 では、重力の働く空間(時空)自体を細かく分けてゆくとどうなるでしょうか? この問いに関して我々の研究成果から得られるのは、時空の最小単位は1ビットの量子エンタングルメントなのではないかという予想なのです。 以上のように、本セミナーでは、超弦理論のホログラフィー原理に関する最近の話題に関してなるべく平易に御紹介したいと思います。