第60回 知の拠点セミナー

「講演1:樹木は乾燥によってどのように死んでいくか、その生理過程を探る~自然遺産サイト小笠原からの報告~/講演2:固体のトポロジーと物性― 放射光を用いたトポロジカル物質の電子状態解明と共同利用・共同研究展開 ―」

日時平成29年3月18日(土) 14時30分~17時00分
(※14時から受付開始のため、14時以降に東京駅直結の地下1階オフィスエントランス(新丸の内ビル前)にお越しください。)
場所京都大学東京オフィス
(東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング10階: アクセスマップ
プログラム14:30-15:40 講演1
 「樹木は乾燥によってどのように死んでいくか、その生理過程を探る~自然遺産サイト小笠原からの報告~」  
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    石田 厚(京都大学生態学研究センター 教授)
15:50-17:00 講演2
 「固体のトポロジーと物性―放射光を用いたトポロジカル物質の電子状態解明と共同利用・共同研究展開 ―」  
概要はこちら
    木村昭夫(広島大学大学院理学研究科教授/放射光科学研究センター  副センター長(兼))

講演1 「樹木は乾燥によってどのように死んでいくか、その生理過程を探る
                     ~自然遺産サイト小笠原からの報告~」
  石田 厚(京都大学生態学研究センター 教授)

地球温暖化等の影響により、地球上のさまざまな場所で強い乾燥が起き、樹木の枯死やひどい時には森林の崩壊も報告されている。日本にはユネスコに登録された自然遺産サイトが4つあり、小笠原諸島はその一つである。小笠原諸島は東京から南に1000km行った太平洋上にある海洋島の島々で、そこに生育する樹木種の約70%は、小笠原で進化・適応してきた固有種である。小笠原は、ほぼ同じ緯度にある沖縄と比べ、特に乾燥する夏の降水量は約半分ほどしかなく、また土壌も火山性で特に尾根部では薄くなっており、そこに生育する樹木は厳しい乾燥にさらされる。さらに小笠原は、過去100年乾燥化傾向にあると言われている。一般に乾燥地は降水量の年変動が大きく、小笠原でも乾燥した年には成木の枯死が頻繁に見られる。たとえば乾燥に強い樹種は、より土壌の薄い場所に進出し生育できるため、たまに起きる厳しい乾燥年には、乾燥に強い樹種が逆に枯死しやすいといった逆転現象も見られる。
 乾燥によって樹木が死んでいく生理過程は未だよくわかっていない。こういった乾燥枯死の生理メカニズムを調べることによって、将来の乾燥化によって、どのような樹種がどのような条件で死にやすいか、もしくは生き残りやすいかを知ることができ、温暖化による森林への影響予測モデルの構築や、森林再生のための適切な樹種の選択や育成法など、さまざまな応用面へとつながる。ここでは、自然遺産サイトである小笠原の森林や樹木の魅力の紹介から、樹木の乾燥枯死のメカニズムについての最新の研究成果を報告する。


講演2  「固体のトポロジーと物性
         ―放射光を用いたトポロジカル物質の電子状態解明と共同利用・共同研究展開 ―」
  木村昭夫(広島大学大学院理学研究科教授/放射光科学研究センター副センター長(兼))

2016年のノーベル物理学賞は物性物理学にはじめてトポロジーという概念を導入した三人の研究者に与えられました。受賞対象となった研究は,磁性や量子ホール効果,トポロジカル絶縁体などの固体の性質をトポロジーの観点から見るという近年急速に進展している分野の発端となりました。本セミナーでは,2000年代後半から国内外で研究が盛んに行なわれるようになったトポロジカル絶縁体をはじめとするトポロジカル物質に主に注目します。
 透明なガラスは電気を通さずアルミホイルは電気を通すように,日常生活の中で「電気を通すかどうか」という感覚は物質の色を見るだけである程度判断できてしまいます。また,その自然に身に付いた感覚は,物理的な理由づけが可能であり,透明なガラスは電子状態として可視光のエネルギーより大きな禁制帯(エネルギーギャップ)持つ「絶縁体」,アルミホイルは禁制帯を持たない「金属」というように固体中の電子の状態で区別されます。また,禁制帯のエネルギーが可視光のエネルギー程度あるいはそれ以下の場合は「半導体」として知られLEDなど様々な電化製品に組み込まれていることはよく知られています。一方,「トポロジカル絶縁体」は,「絶縁体」もしくは「半導体」でありながら、その表面で金属と同じように電気を流す性質を持つ特殊な物質です。トポロジカル絶縁体の表面では電流を担う電子はスピン(電子の自転)をそろえて運動し「光」と同じように質量を持たないのが特徴です。また通常の物質とは異なり,トポロジカル絶縁体の表面を動き回る電子は,欠陥や不純物によって邪魔されることなく(エネルギーを損失することなく)伝導ができるというとても魅力的な性質を持っています。そのためトポロジカル絶縁体は消費電力を格段に低下させる次世代デバイスや量子コンピュータの開発に向けて大きな注目を浴びています(図1)。
 固体のトポロジーを実験的に決定することは,物質の機能性を解明することでより高機能の材料設計をする上でとても重要なことです。しかしながら,固体内部(バルク)のトポロジーは見た目ではなかなか判断できません。幸いなことに,そのトポロジーは固体の端に現れることがわかっています。これは「バルク・エッジ対応」として理論的に解明されており,「端」あるいは「表面」を見ることで固体内部のトポロジーを実験的に決定することが可能です。その有力な実験手法の一つとして,シンクロトロン放射光を用いた光電子分光が挙げられます。広島大学放射光科学研究センターHiSORでは,主に極紫外から軟X線領域の放射光を用いた光電子分光を中心に国内外の研究者によって精力的に共同研究が展開されております(図2)。
 本セミナーでは,まずこれまで広島大学放射光科学研究センターにて展開してきた,トポロジカル絶縁体の電子状態の研究について紹介します。我々はTlBiSe2という物質が,トポロジカル絶縁体として新奇物性を発現するには理想的な系であることを世界で初めて示しました(図3)。このようにシンクロトロン放射光がトポロジカル物質の電子状態解明にはとても重要であることをセミナーでお話します。また,このような研究の過程には,人材育成や国際共同研究などが含まれていたこともセミナーで触れたいと思います(図4)。最後に,このようなトポロジカル物質を中心とした研究を発端にして,国内外の数多くの研究機関の研究者が広島大学放射光科学研究センターを活用し多くの成果を挙げていただいている状況についても紹介いたします。


図1

図2

図3

図4