第50回 知の拠点セミナー
「地球温暖化とサンゴ:サンゴの存続には何が大切か?」
日時 | : | 平成27年11月20日(金) 17時30分~ |
場所 | : | 京都大学東京オフィス (東京都港区港南2-15-1 品川インターシティA棟27階: アクセスマップ) |
講演者 | : | 酒井 一彦 (琉球大学 熱帯生物圏研究センター 教授) |
サンゴ礁は、単位面積当たりに生息する生物の種数が海洋において最も多い生態系である。サンゴ礁生態系の高い生物多様性は、造礁サンゴ(以下「サンゴ」)が生きて存在することによって成り立っている。サンゴはクラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物で、石灰質の骨を大量に作る。サンゴが大量に骨を作られるのは、サンゴの細胞内に単細胞生物で光合成能力のある褐虫藻が多く共生し、褐虫藻の光合成産物をサンゴがエネルギー源として利用できるため、成長量が大きいからである。褐虫藻の光合成産物生産量は、褐虫藻とサンゴが必要とする量を上回り、その20〜50%がサンゴの体外に放出される。この結果、サンゴと褐虫藻の共生体は、サンゴ礁生態系の主要な有機物生産者となっている。さらに枝状等のサンゴが作り出す立体的な構造は、様々な生物に棲み場所として利用されている。またサンゴの骨や、サンゴの骨が材料となって形成されるサンゴ礁は、ある程度の強度はあるものの生物が穴を穿つことができ、様々な生物が穴を自ら穿って棲み込み、それら生物の死後は穴が他の生物に棲み場所として利用される。このように生きたサンゴが存在することによって、他の生物が利用できる有機物や棲み場所が提供され、棲み込みが連鎖し、サンゴ礁生態系の高い生物多様性が実現されている。
サンゴ礁では世界的に、サンゴが減少傾向にある。減少の主な理由は、人間による環境変化である。人間による環境変化はその空間的スケールによって、地球規模と地域規模に分けられる。地球規模での環境変化は、地球温暖化と海洋酸性化である。これらはともに、化石燃料の消費による大気中の二酸化炭素の増加が主要な原因となり引き起こされている。海洋酸性化は大気中の二酸化炭素が浅い海に溶け込むことによって起こり、酸性化が強くなれば、サンゴを含む石灰質の骨格を作る生物は骨を形成できなくなる。研究者によって意見は様々である。我々のサンゴを材料とした海水中の二酸化炭素濃度を変えた実験では、21世紀末までに酸性化によって、サンゴ礁でサンゴが生存できなくなることはなさそうであることが示唆されている。一方温暖化はサンゴにとって、より深刻である。サンゴは暖かい海に生息するが、高水温には弱く、生息する地域の最高水温より2℃以上水温が上昇すると、褐虫藻を失い白化する。白化した状態が長く続けば、サンゴは死亡する。現在温暖化による水温上昇のためにサンゴ礁でサンゴが毎年白化し、死亡している訳ではないが、温暖化によって強まったエルニーニョ現象が起こった年には、世界の多くのサンゴ礁で高水温となり、大規模なサンゴの白化と死亡が起こる。1998年は観測史上最強のエルニーニョ現象が起こった年であり、世界のサンゴ礁でサンゴの大規模白化と死亡が起こった。沖縄島のサンゴ礁でも大規模白化が起こり、特に枝状やテーブル状サンゴの死亡率が高く、多くのサンゴ礁で8〜9割のサンゴが死亡した。2002年以降は目立ったサンゴの白化による死亡は起こっておらず、現在までに1998年の大規模白化前と同じ程度にまでサンゴが回復した場所も多くある。これらから、沖縄島ではサンゴ群集(ある場所に生息するサンゴ全種の集団)が回復力を保っていると言える。しかし温暖化がさらに進行すれば、強いエルニーニョ現象が起こっていない年でもサンゴが大規模に白化し、サンゴ群集の回復力が失われる可能性が高い。このため、サンゴがサンゴ礁で存続するためにも、二酸化炭素の排出を減らし、温暖化の進行を緩やかにすることが不可欠である。
一方地域的な人間による環境変化では、海水の富栄養化(肥料成分が増えること)と藻食性魚類の獲り過ぎが、サンゴを減らす間接的な要因になっていると考えられている。サンゴ礁が発達する海域の海水は、元来肥料成分が少なく、このため植物プランクトンも少ない。人口が増えた陸地に近いサンゴ礁では、農業活動や都市化等によって、海水の肥料成分が増えたところが多い。海水中に肥料成分が増え植物プランクトンが増えると、サンゴの捕食者であるオニヒトデが増加すると考えられている。オニヒトデの幼生は植物プランクトンを餌としており、植物プランクトンが増えるとオニヒトデ幼生の生存・成長が大幅に高くなり、成体のオニヒトデも増えるためである。事実オーストラリアや沖縄では、オニヒトデが増加傾向にある。また海水中の肥料成分の増加は、サンゴ礁上に生育する藻類の増加にもつながる可能性がある。富栄養化に加えて人間が藻食性魚類を過剰漁獲により減少させると、さらに藻類が増えやすくなる。藻類が増えやすくなったサンゴ礁では、サンゴが死んだ後に藻類が繁茂し、サンゴが回復できなかったことも報告されている。
成体のサンゴは移動できないが、卵と幼生の時期は海水中を漂っているため、長距離分散が可能である。サンゴ群集の回復力は、サンゴが減少した場所にサンゴ幼生を供給できる親サンゴの量によって決まる。温暖化が進行する現在こそ、埋め立てによるサンゴ礁そのものの破壊を含め、地域的な要因で親サンゴを減らさないことが、サンゴ礁におけるサンゴの存続にとって大切である。