第44回 知の拠点セミナー

「被爆70年を経て解明されてきた、生涯にわたる発がんのメカニズム」

日時平成27年5月15日(金) 17時30分~
場所京都大学東京オフィス
(東京都港区港南2-15-1 品川インターシティA棟27階: アクセスマップ
講演者稲葉 俊哉
広島大学 原爆放射線医科学研究所 所長)
講演の詳細はこちらでご覧いただけます (Yomiuri Onlineのページを開きます)

 日本人のおおむね半分は生涯のうちにがんになる。この数字は高すぎるように思われるが、実際、私の両親と祖父母2人はがんで死亡した。がんにならなかった祖父母2人は、戦前に肺炎や腎臓病で、50歳前後で(今の基準では)早死にした。そこで、私の家系からは、日本人は全員がんで死ぬ運命であるが、半分の人はがんになる前に、ほかの病気で亡くなるという仮説が導かれる。
 しかし、これはやっぱり極論に聞こえる。実際、妻の家系は、がんで亡くなった人がほとんどおらず、また、そろって長寿で、90歳以上の大往生が珍しくない。
 二家系で議論するのもどうかと思うが、がんになる人とならない人がいるのは確からしい。そうだとすれば、何歳ごろまでにそれは決まるのだろうか?
 その答は、意外なところからもたらされる。原爆疫学調査は、米国のABCCが開始し、その後継である日米共同の放射線影響研究所が、70年にわたり12万人の被爆者を追跡した、未曾有の大規模かつ精緻な科学調査である。福島原発事故で有名になった、100ミリシーベルトを越える被曝により、がんの発生率は上昇するという知見以外にも、「人類の至宝」と言うべき重要な成果が多数得られている(20万人の市民を殺戮した野蛮な行為と、その後のきわめて洗練された科学のギャップは、私にはどうにも埋まらない)。そのひとつが、被爆時の年齢によって、がんの発生率は大きく違うという事実である。すなわち、子供の時に被曝すると、より早く、より多くがんが発生するのに対し、50歳以降ともなると、増加の程度は少ない。このことに、「多段階発がん理論」を当てはめて考えると、家系など先天素因や、生活習慣(喫煙や食事嗜好)、発がん物質暴露などの後天要因により、50歳頃までに勝負は大方ついている。それ故、がん年齢になったら、医療のための放射線は、必要なものである限り、あまり気にせず受け入れましょう、という大切な助言が得られる。
 一方、子供は守らないといけない。福島では、今後数十年にわたって県民健康調査が行われるが、私は「検討委員」を仰せつかっている。その哲学は、寄り添って、見守るということである。特に懸念される甲状腺がんに対しては、事故時18歳以下の子供達に対し、継続的な超音波検診が実施される。数々の調査は、福島県民の放射線被曝がチェルノブイリ周辺に比べ、ケタ違いに低かったことを示しており、私は多くの専門家と同様に、甲状腺がんに限らず、がんの多発という事態を想定していない。それでも継続的な健康調査を行うのは、寄り添い見守るという哲学所以である。がん検診をおこなうと、多くの「潜在癌」を発見し、その発生率は跳ね上がるのが常である。その解釈には時間と慎重さが必要なので、県民健康調査と検討委員会の長期にわたる「見守り」を息長く見守っていただきたい。