第3回 知の拠点セミナー

「生物による異物認識の原点:異物排出タンパクの構造に見る異物認識原理」

日時平成23年12月16日(金) 17時30分~
講演者山口 明人
大阪大学 産業科学研究所 所長)

 抗生物質の発達で克服されたと思われていた細菌感染症が、多剤耐性菌の登場によって再び脅威となっています。なかでも、多剤耐性緑膿菌にはまだ有効な臨床治療薬が全くありません。この多剤耐性の原因は異物排出タンパクという膜タンパク質です。じつは、異物排出タンパクは生命の誕生とともに古い生体防御装置です。生物は細胞という袋でできています。細胞膜は外部の有害物から細胞を守る障壁の役割をしているわけですが、この障壁は決して完璧ではありません。様々な有害物が細胞内に侵入してきます。これを排除するために、細胞膜には異物排出タンパクという有害物排除ポンプが備わっています。私たちが抗生物質を多用した結果、その古い有害物排除ポンプの発現を高進させてしまったというのが多剤耐性菌問題です。
 異物というのは本質的に定義できない、非特異的なものです。非特異的な異物を、どうやって特異的なタンパク質で認識することができるのか?異物の認識といえば、免疫のことを思い浮かべるかもしれません。免疫はまさに、非特異的な異物を特異的に認識する壮大なシステムです。でもこれは、一部の高等生物にのみ許された贅沢な生体防御システムです。このような贅沢を許されない一個の細胞でも、異物から身を守ることは必要です。異物排出タンパクがどのように異物を認識して排除できるのか、これは免疫システムの謎に劣らぬ現代生物学の大きな謎のひとつです。また、この謎を解明することは、異物排出タンパクが元になる多剤耐性菌問題の克服にもつながります。
 演者は、世界で初めて異物排出タンパク質の構造決定に成功し、異物と有用な物質とを見分ける原理、様々な異物を特異的に認識する原理を発見しました。本講演では、最新の知見を踏まえて、異物排出タンパクが異物を識別する巧妙な仕組みを解説し、多剤耐性菌問題の解決に向けた取り組みを紹介したいと思います。


細菌の異物排出タンパクの構造。内部のチャネルと、結合している薬物。複数の入口と複数の結合サイトがある。